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第26回OHSU NP(Nurse Practitioner) 研修記

地域医療振興協会では、特定ケア看護師(Nursing Designated Care以下、NDC)を養成するJADECOM-NDC研修センター(以下、研修センター)の教育担当者が、米国のNP(Nurse Practitioner以下、NP)について学ぶ機会として、Oregon Health & Science University(オレゴン健康科学大学以下、OHSU)家庭医療部門及び看護学部の協力のもと、個別研修を実施しました。

OHSU NP研修記

研修者
筑井 菜々子
所属
JADECOM-NDC研修センター 教育指導課 課長
研修期間
2019年5月7日~17日(2週間)
研修目的
米国のNPの取組を学び、これを地域医療の現場におけるNDCの活動の1つのモデルとし協会のNDC関連事業に還元すること、また今回の研修内容を精査し、研修センター教育担当者やNDC研修修了生を対象とした海外研修コース創設の検討を目的として今回の研修を実施しました。
NPについて

皆さんはNPという言葉を聞いたことがあるでしょうか?NPとは前述の通り“Nurse Practitioner” の略であり、1950年代後半に米国で誕生した職種です。医療費が高額であり、国土の広い米国において、へき地は特に医師の少ない状況でした。医師不足の中、そこに携わる看護師達が自己の判断にて薬を与え、簡単な縫合などの処置を行なっていた背景があります。これが契機となり、このような看護師を大学院にて教育やトレーニングを行い、NPという職種として確立させたことが始まりです。米国では州ごとに医療裁量権は異なりますが、自立と責任をもち医療行為を行っています。

日本でも2009年から米国のNPをモデルとした大学院教育が始まりました。まずは大分でPrimary領域の教育が始まり、翌年、東京でもCritical領域のNP教育が大学院で始まりました。私はそこで学んだ1期生です。米国NPをモデルとしている日本のNP教育ですが、国内のNPの形は米国のNPともちろん同じではありません。名称も「診療看護師」と呼ばれたりすることもあります。医療保険も国民性も違う米国と日本が同じになることは大変難しいことであり、また同じである必要もないと考えています。ただ、長い歴史を持ち、医療において絶対的な立場を獲得した米国NPから学ぶことは沢山あるはずと思い、OHSUでのNP研修を志願しました。

今回はPrimary領域に関連するFamily NP(以下、FNP)の方々のクリニックを見学させて頂きました。FNPの対象患者様は赤ちゃんから老人まで全ての年代の方で、その背景や疾患も多岐に富んでいます。疾患の予防から治療、健康教育まで、その網羅する領域は広大ですが、Primary領域であるFNPは人気があり、多くのFNPが活動しています。

オレゴン州 ポートランドについて

第二次ベビーブームに誕生した私の年齢に近い方々ならば、オレゴンと聞けば「オレゴンから愛」というテレビドラマを思い出すのではないでしょうか。あの広大な自然と牧場のイメージで止まっていた私のオレゴンはかなり田舎町の印象でしたが、OHSUのあるポートランドはオレゴン州最大の都市で、町のあちこちにモダンなお店やおしゃれなカフェが立ち並び活気にあふれています。それだけでなく美しい森林公園や歴史的な建物も残るその町並みは都会の生活と大自然が調和した絶妙なバランスをもつ街です。米国で「住みたい街NO1」に選ばれるのも深く納得できます

(ウィラメット川)の画像

ポートランドを流れるウィラメット川

(パブ)の画像

パブですが、子供も一緒にご飯を食べています

スカプースクリニック

このクリニックは、診察室が24室もある大きなクリニックで、医師の中に混じりFNPが2人常駐しています。ここのFNPは1日平均15~20人程診察するそうで、当日もさまざまな患者様を、次々と診察していました。そのなかで、ある70歳代の男性が背部痛で受診しました。心臓にステントが入っており、糖尿病も患い、リスクファクター(危険因子)の多い方でした。色々と話を聞くなか、痛みの性質を聞いた瞬間にFNPはすぐに救急車の搬送を決めました。というのも患者様の背部痛は突然発症で、痛みの訴えはまるで背中にジッパーをつけられ、上から下まで一気に下ろされたような、張り裂ける鋭い痛みだと表現したのです。大動脈解離が、疑われました。バイタルサインは比較的安定していましたが、心電図をとり直ちに救急車要請を行いました。

救急車が来るまでのわずか10分程度で情報提供書を作成し、適切な対応を行っていました。医師がFNPに期待することは3つあり、それは 1.)日常病を理解すること、2.)見逃してはいけない病気を見逃さないこと、3.)専門医に紹介するタイミングを逃さないことの3点だそうです。まさにこのFNPが行っていたことだと実感しました。

(クリニックの外観)の画像

クリニック外観

腰痛の訴えのある患者様を診察するFNPスタッフ(奥)

腰痛の訴えのある患者様を診察するFNPスタッフ(奥)

リッチモンドクリニック

リッチモンドクリニックは、ポートランドの市街地からバスで30分ほど行った住宅街の中にあるクリニックで、27室の診察室があり、医師や研修医の多いクリニックです。その中で医師に混じり3~4人のNPが勤務しています。ここではNP学生が研修を行っており、NPから指導を受けていました。日本では医師が指導者になることがほとんどで、医師から医学的な知識、技術を学んでいます。

米国でも始まった当初はもちろん医学は全て医師から学んでいたはずです。それが今ではNPがNPを育てている、そのこと一つとってもNPの長い歴史を感じます。医師が同じ施設内にいるので、症例で判断に迷うような困難なケースは医師に相談することもあるそうですが、ほとんどのケースは自分の判断で患者様を診察していました。

クリニック FNPスタッフと一緒に

クリニック FNPスタッフと一緒に

NP学生の指導はNPが行います

NP学生の指導はNPが行います

ウオークインクリニック

ウオークインクリニックは、誰でも予約なしに受診できるクリニックであり、保険のない方や金銭的に裕福でない方などさまざまな方が来院します。まず、一番初めに驚いたことは、このクリニックには医師が常駐していないということです。1日平均60人程度の患者様を1~3人のFNPで対応しているということです。患者様の症状もさまざまで、この日は朝からヘロイン中毒の40代女性が、悪寒戦慄を伴う発熱・胸部痛で来院しました。落ち着かないのは薬物のせいかと思いましたが、担当したFNPは問診、身体所見をとり感染症による敗血症の可能性を考え、すぐに大学病院に送るために救急隊を要請しました。こちらもまた10分足らずのあっという間の素早い判断でした。全て1人で行っている姿にはかなり驚きましたが、結果、やはり重症肺炎にて救急病棟に入院となっていました。

皆、FNPになって10年以上のキャリアがあります。1人で責任を持ち患者様を診ていく恐怖はないのか質問したところ、“もちろんいつでもその責任に怖さは感じている、しかしそれに打ち勝つことができるのはとにかく経験を積むこと、そして日々勉強していくしかない”といわれ、彼らのプロフェッショナリズムを感じ、この言葉は私にとって日々の実践を行っていくための大切な言葉となりました。

(看板)の画像

町の中に位置しています

(クリニック入口)の画像

クリニック入口

ナーシングホーム(介護施設)リードウッド

FNPの活動の場所はさまざまです。ここで勤務するFNPは医師と2人で施設入所中の患者様を43人担当していました。オレゴン州ではNPもPCP(Primary Care Provider)となり受け持ち患者様の責任を持ちます。日本では医師のみが患者様の主治医となりますが、オレゴン州ではCare Providerという言葉を使い、その役割を医師とNPが担うと聞きました。

あるFNPに何人の患者様のPCPになっているのか質問すると「1,209人」との答えが返ってきました。その数に衝撃を受けた私は、自分の聞き間違いかと思い何度も聞きなおしましたが、やはり同じ。最終的には紙に書いてもらいましたが間違いではなかったようです。これだけの責任を持つわけですから、米国ではNPは国家資格ですし、アカデミックなバックグランドは更に要求され、来年からはNPになるためには全て博士課程となるとのことでした。

(外観)の画像

緑が綺麗な外観です

(中庭)の画像

中庭でリスが走り回るほど自然豊かです

最後に

歴史あるものから学ぶことは大きな意味があると今回の研修で実感しました。だからこそ、先人たちも広い海を渡り、言葉も異なる国で、その知識や技術を学び日本に持ち帰り、新たな日本の形として誕生させています。FNPという発想は今の日本にはありませんが、医療格差、へき地医療での医師不足を切実な問題と捉えている地域医療振興協会では、まさにこのような職種が求められている場所ではないかと実感しております。

医師の良きパートナーとなり、看護師と協力し、コメディカルの方々と係わり合いチーム医療を展開できる、結果、患者様にとって最良の医療を提供できると信じております。

米国のよい点を日本に取り入れ、日本が持つ素晴らしい文化や国民性を尊重し、新しい日本版FNPの形をどう作り上げていけるか、これが私のこれからの課題です。そのためには、60年前に米国の看護師達が荒波にもまれながらも築いていった、この道を私たちも勇気と希望をもって進んでいきたいと強く感じました。米国ですら認められるまでに20年かかった道のりです。あせらずに実直に前だけをみて進んで行こうと思います。

最後にこのような素晴らしい経験をさせてくださった、全ての皆様に心から感謝いたします。本当にありがとうございました。

(ハイキングの様子)の画像

自然の中をハイキング

(集合写真)の画像

皆、ベテランのFNPさん達です!

バックナンバー

  1. 第32回 第17回 へき地・地域医療学会を開催
  2. 第31回 第16回 へき地・地域医療学会を開催
  3. 第30回 第15回 へき地・地域医療学会を開催
  4. 第29回 第14回 へき地・地域医療学会を開催
  5. 第28回 台東区立台東病院・老人保健施設千束のヘルシーローソンプロジェクト