地域医療振興協会では国際交流事業の一環として、地域医療や家庭医療を志す医学生向けに、Oregon Health & Science University(オレゴン健康科学大学(以下、OHSUとする)) での研修機会の提供および支援を行っております。
オレゴン健康科学大学(OHSU)は、アメリカ西部のオレゴン州都ポートランドにある公立大学です。OHSUの家庭医療レジデンシープログラムは、全米に400以上ある家庭医療のプログラムの中で常に上位にランクされ、高い人気を誇るプログラムです。
ここでは、上記によりOHSUで研修された医学生5年生の二川真子さんの研修報告をご紹介させていただきます。
OHSUの外観
はじめに
この度、JADECOMの海外研修プログラムにより、Oregon Health & Science University(以下OHSU)の家庭医療科(Family Medicine, 以下FM)で2週間の実習をさせて頂きました。アメリカ国内でも人気の病院で、どのような医療が行われているのか、どのような人が働いているのか、日本との違いはどのようなことかなど、私が見て感じたことを報告致します。
今回の研修の目標
今回のプログラムにおいて、私は「FMの歴史が長いアメリカで、実際にどのような医療が行われているか見ること。」と「プライマリ・ケアの重要性が周知されだした日本において、これから取り入れるべきことを考えること。」という漠然とした2つの目標を立てました。アメリカの医療について何も知らなかったので、具体的な目標は立てず、アメリカで見られることを全て見たいという好奇心のもとに行動しました。
実習内容のご紹介
外来について
日本では患者さんを診察できるのは医師だけですが、アメリカでは医師の他にnurse practitionerとphysician assistantが医師と同じように診察していました。実際に見るまでは、彼らのスキルは高くないのではと思っておりましたが、私の予想を遥かに超える医学知識や診療能力を見て感動しました。数回の見学でそれぞれ異なる立場の医療者の外来を見させて頂きましたので、それぞれについて報告します。
1. 医師
どの医師も、患者さん1人に15?20分かけて多くのことを聞いていました。主訴が1つであっても、家族のことや、精神面のこと、仕事のことなど多岐に渡ることをカルテにきちんと記載し、次の診療の時にも分かるようにしていました。また、小児科専門医も一人だけ家庭医療科で働いていて、子供のケアも充実していました。
小児科医のPolensek先生と
2. Physician Assistant
もし私がその日に見学させて頂いた外来がphysician assistantのだと知らなかったら、私は普通に医師の診療を見ているのだと思っていたと思うくらい、OHSUのphysician assistantは高いスキルを持っていました。例えば、ある患者さんは脂質異常症、高血圧、糖尿病Ⅰ型、甲状腺機能低下症、鬱病を全て患っており、内分泌科と家庭医療科を定期的に受診していました。そのような複雑な病態を管理するときには本当に多くの事を考える必要がありますが、physician assistantが患者さんの話を細かく聞き、コントロールがうまくいっているかチェックしていました。Physician assistantは医師のいる施設で必ず働き、何か困った事があれば医師に相談するというシステムですが、少なくともOHSUのphysician assistantはスキルが高く、医師の助言は滅多に必要としないだろうと思いますし、実際に私が半日見ていた間に一度も困ったこと無く、医師のように働いていました。
3. Nurse Practitioner
Nurse practitionerは、Physician assistantと同じように様々な診察、検査、治療までできる職業で、さらに医師のいない施設でも診療できるということで、日本には無い働き方を見せて頂きました。Nurse practitionerの診察で最も印象に残っているのは、不眠症の患者さんが飲んでいるサプリメントを聞いている時でした。私はサプリを聞くことに関して、単なるルーティーンワークになっており、正直そんなに重大なことと思っていなかったのですが、そのnurse practitionerは丁寧に全て聞き、患者さんがビタミンB12を夜服用していることが不眠の原因の一つになり得ると言いました。日本では、服用している薬は聞いても、サプリまでは聞いていない医師がほとんどだと思うので、nurse practitionerの丁寧な質問と知識の膨大さに驚きました。 Nurse practitionerは、Physician assistantと同じように様々な診察、検査、治療までできる職業で、さらに医師のいない施設でも診療できるということで、日本には無い働き方を見せて頂きました。Nurse practitionerの診察で最も印象に残っているのは、不眠症の患者さんが飲んでいるサプリメントを聞いている時でした。私はサプリを聞くことに関して、単なるルーティーンワークになっており、正直そんなに重大なことと思っていなかったのですが、そのnurse practitionerは丁寧に全て聞き、患者さんがビタミンB12を夜服用していることが不眠の原因の一つになり得ると言いました。日本では、服用している薬は聞いても、サプリまでは聞いていない医師がほとんどだと思うので、nurse practitionerの丁寧な質問と知識の膨大さに驚きました。
Nurse PractitionerのLindaさんと
4. レジデント
レジデントの医師には、上級医が必ずついていて、迷ったらすぐに相談できるシステムになっていました。付いていると言っても、外来の近くのオフィスにいるので診察の場にはレジデント一人です。このように医者1年目から半自立した状況で自分の外来患者さんがいて、継続的に様々な疾患をフォローすることで、診療能力が高まるのだと思いました。日本で研修医が外来を経験するのは、ほとんどの研修病院で救急外来のみだと思います。そうすると、その場の応急処置はできるようになっても、その患者が生活の場に戻った後の事は分からないので、回復期やその後のケアはできるようになりません。週に1度、半日でも自分の外来の時間を持てる研修病院が日本でも増えたら良いなと思いました。 レジデントの医師には、上級医が必ずついていて、迷ったらすぐに相談できるシステムになっていました。付いていると言っても、外来の近くのオフィスにいるので診察の場にはレジデント一人です。このように医者1年目から半自立した状況で自分の外来患者さんがいて、継続的に様々な疾患をフォローすることで、診療能力が高まるのだと思いました。日本で研修医が外来を経験するのは、ほとんどの研修病院で救急外来のみだと思います。そうすると、その場の応急処置はできるようになっても、その患者が生活の場に戻った後の事は分からないので、回復期やその後のケアはできるようになりません。週に1度、半日でも自分の外来の時間を持てる研修病院が日本でも増えたら良いなと思いました。
レジデントのErica先生と
病棟について
FM科が持っている病棟では、いくつかのチームに分かれて、各チームが数人の入院患者さんを診ていました。上級医とレジデント3年目、2年目、1年目、いる時には医学生、という4?5人のチームで、日によりますが平均5人くらいの患者さんを受け持っており、かなり手厚いケアを行っていました。朝の回診では全員で一人一人の患者さんに15分くらいかけて体調を聞いたり、治療について話したり、退院後のことを話したり、不安なことを聞いたりして、病室から出た後にはチームでその患者さんについて綿密に話し合っていました。日本では考えられないくらいの多くの医師が一人の患者さんに多くの時間を割くことができるのは、アメリカの医療制度の賜物なのか、入院期間が短いおかげなのか、その他の理由があるのか、私はとても不思議に思い、何人かに質問してみましたが、その点は解決できませんでした。 病棟のチームの一つにdeliveryチームがあり、周産期の患者さんとその赤ちゃんを診ていました。リスクが高かったり、本人の希望があれば産婦人科でのお産を選択できますが、普段から診てもらっているFMの医師にお産を診てもらえるのは患者さんにとって安心なことだと思います。
病棟のチーム
分院について
リッチモンド・クリニックという、OHSUの分院の一つで1日研修させていただきました。OHSUは、大学病院だけあって患者層が上流階級の方が多いように感じましたが、リッチモンドは個人保険に入っていない患者さんが多く、健康に対する意識や生活習慣が本院の患者さんとかなり異なっているように思われました。午前中は医師の診察、午後はwalk-in clinicという予約無しで診てもらえるクリニックを見学させて頂きました。医師の診察はOHSU本院と同じく、とても丁寧で患者さんの生活に沿ったケアをしていました。午後のクリニックでは医師ではなくnurse practitionerが働いていました。1次救急のような役割を果たしており、軽い外傷の患者さんが多く、尿路感染症や風邪、妊娠などの患者さんもいました。アメリカ人にとっては、nurse practitionerに診察してもらうというのは医師の診察と同じくらい信頼できるもので一般的となっていたのが印象的でした。
リッチモンド・クリニックのChummi先生と
医学生の授業
アメリカの医学部は4年制で、一度普通の大学を卒業してからmedical schoolに入るので、日本の医学部の雰囲気とは異なります。日本では、部活に励んでいる人もいて、他の学部とそんなに変わらない生活をしている人もいますが、アメリカの医学部は職業訓練校に近いような雰囲気で、3,4年生になると医師に近い責任感を持って病院で働きます。もちろん持っている知識も日本の平均的な医学生より格段に多いですし、確かに、これなら患者さんを任せても大丈夫だと思いました。私は今回、既に臨床に出ている3年生と、授業やsmall group discussionなどをしている2年生を見てきました。
3年生
現在FMを回っている3年生17人の、週1回の授業に参加させて頂きました。1か月間あるローテーションの最初の週だったので、FMの基本や電子カルテの扱い方を学んだり、プライマリ・ケアで遭遇する頻度の高い頭痛の診方を学びました。少人数に分かれて、自分が一週間のポリクリで気になったことや勉強になったことを選び、他の人に発表するワークショップにも参加しました。各グループについている医師からfeedbackを貰ったり、学生から質問を受けたりして、少人数のメリットを生かしたワークショップとなっていました。また、OHSUからかなり離れた病院で実習している学生がいましたが、授業にはビデオで参加しており、自分次第で学生のうちから多様な実習ができるのだと感じました。
3年生のsmall sessionの様子
2年生
循環器の授業の後に少人数で心電図を読む練習をしていました。各グループには技師さんが付いていて、学生に教えていました。医師ではなく技師さんが教えることで、2年生の頃からこのような少人数のワークショップができるのだと思いましたが、同時に、やはり教える内容に限界があるので学生の質問に答えられない場面もありました。しかし、学生のうちから他職種の人に教えてもらうことで、お互いに尊敬し合う職場の雰囲気ができるのだと感じました。
レジデントのvideo review
レジデント1年目、2年目、3年目、指導者2人の5人で集まり、患者さんの実際の診察を撮っておいたビデオを見ながら、どうしたらもっと良い診察ができるか話し合っていました。2時間半でだいたい3ケースを扱いました。指導者2人のうち、一人はベテラン医師で、もう一人はソーシャルワーカーだったので、医療的側面と同時にコミュニケーションの側面からもレジデントにアドバイスできる環境になっていました。また、レジデント2、3年目の医師が1年目の医師に助言することも多く、早くから指導者としてのトレーニングも始まっているように思えます。患者さんの許可を得てビデオを撮るというのは日本ではあまり聞いたことがありませんが、アメリカ、特にFMの領域ではもう30年以上も前から診察を他の人と振り返る習慣があったそうです。ビデオカメラの無かった頃はミラーで隣の部屋が見えるように映していたというほど、良い医師になるために大事にされてきたことです。今後、日本でも取り入れていくべきだと思いました。
レジデントカンファレンス
普段、本院や分院や病棟などに分かれて仕事しているFM科のレジデントが一堂に会してカンファレンスを行っていました。数人のレジデントが発表をしたり、偉い先生のレクチャーを聞いたりしていました。どんなに偉い先生が話しているときでも、少しも怯むこと無く質問したり自分の意見を主張したりする人が多く、日本人との違いを感じました。また、どんなに遮られて話が脱線しても、時間通りにレクチャーが終了するので、そのスキルは素晴らしいと思いました。
その他のこと
ポートランドについて
OHSUがあるオレゴン州ポートランドには、先進的な雰囲気が漂っていました。住民の環境に対する意識、健康に対する意識が非常に高く、細かいことを挙げればきりがありませんが、いくつか例を挙げますと、ほとんどの人が水筒を持ち、ペットボトルを持っている人はいませんでした。朝と夕方には街中や川沿いでランニング、サイクリングする人が多く見られ、曜日ごとに各地でファーマーズマーケットが催され、地産地消の文化が根付いていました。明るくフレンドリーな人が多く、本当に住みやすい街だと思いました。ポートランドの街から車で15分という、かなり都心に近い所から広大な自然があり、週末には家族で自然を満喫する人が多いそうです。このような街だからこそ、OHSUのような素晴らしい病院ができたのかなと思います。
病棟に向かうトラムと日の出 奥にMt.Hoodが見える
OHSUのいろいろ
アメリカの医療制度上、やはり本院に来る患者さんはお金持ちで教養が高く、スリムな人が多かったように見受けられました。OHSUでは子供が来たときには子供用の本をお土産に渡して、早くから本を読む習慣をつけようという取り組みをしており、地域の未来を考える素晴らしい病院だと思いました。また、格差の問題にも取り組んでおり、分院で2週に1回、貧しい地域住人に対して食の教育を行っていました。 また、電子カルテ上で患者さんとメールできるシステムがあり、患者さんからの質問に答えたり、処方箋を送ったりしていました。次の外来までの間に患者さんに起きたことを把握することができますし、何か問題があったときに病院まで聞きに来なくて良いので、とても便利なシステムであるのと同時に、医者が空き時間にメールの処理に追われかねない一長一短のシステムだと思いました。
最後に
今回のプログラムで、本当に多くのことを学ばせて頂きました。私は将来アメリカで働くわけではありませんが、FMの浸透したアメリカで地域住民を継続的に診ているOHSUを見学させて頂いたこの経験は、必ず日本の将来に生かそうと思いました。プライマリ・ケアや総合診療、家庭医療などの言葉が段々と広まり始めている日本で、これからより多くの学生がこのようなプログラムに興味を示すと思います。将来の進路が決まっている人にとっても、いない人にとっても、自分とは異なる文化・環境の中で行われている医療を知り、共通点や相違点を感じることは、視野を広げ、自分のフィールドで最大限に力を発揮する糧になると信じています。 最後になりましたが、OHSU研修の機会を提供して下さった地域医療振興協会の皆様、空港の行き帰りから滞在中のあらゆることをお世話してくださった成瀬さん、広くて素敵なお庭でのBBQに招待してくださったBenさん&Sharonさん、チェリー摘みに連れて行ってくださったHansさんfamily、OHSUの職員の皆さん、一緒の期間OHSUで研修されていた小泉先生と加藤先生、2週間大変お世話になりました。ありがとうございました。皆さんから数えきれないほどの貴重なことを教えていただきました。活き活きと働く皆さんに恥じないよう、これから医療者として人間として精進して参ります。